おおみぞ すいろ
大溝水路

(峰山町丹波)

■大溝水路
 峯山藩丹波郷(現在の峰山町字丹波)の水田は、すぐ近くに竹野川が流れているものの水面が低いため利用出来ず、日照り年にはたちまち渇水におびやかされていました。
 慶弔の頃(1646年)丹波村年寄伊左衛門は、農民の苦しみをみるに忍びず、夜間、数町毎(1町=約109m)に提灯を立てて、地面の高低を測量し、竹野川の上流で鱒留川と合流する八の丸から水を引くことが出来ることを確かめ、村民を説いたが賛成するものはいませんでした。
 そこで、伊左衛門は、「もし、出来なかったら首を差し上げましょう」と誓いをたて、ようやく藩の許可を得て、慶弔3年(1650年)に工事に着手し、明暦元年(1655年)6ヶ年を費やして完成しました。
 この水路は、竹野川に井堰をつくり、延長793間(1,442m)の大溝を掘って川の水を引いたものです。この工事には、領内の村々から延べ3,669人の人夫が繰り出されています。
 この用水路がつくられたおかげで、丹波の約25haの水田は日照りの水不足の時期でも困ることはなくなり、300年たった現在、井堰は鋼製に改良され、水路は、一部コンクリート水路として整備されていますが、今も丹波地区の4割の農地を潤しています。
 さらに、井堰は、現在は峰山町の上水道の取水施設としても利用されています。

大溝水路
大溝水路
八の丸頭首工
八の丸頭首工
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